第十場 アラザの街
ラシードが数名の仲間達と登場する。
ヨシュア 「このアラザを、しちゅうに納め、近隣のアモリもエジプトの手に落ちたと聞きます。」
カシム 「私達はこのまま、エジプトのファラオの言いなりになっていても良いのでしょうか。」
ヤコブ 「今の現状で何が出来る。もう一度このアラザを、戦場にしたいのか。」
ヨハン 「しかし、このままでは、何も変わりません。」
ヨシュア 「手をこまねいているだけでは、人々の暮らしは良くなるはずはないのです。」
ヤコブ 「落ち着け、機会はある。いつか支配から逃れ、自治を取り戻せる時が来る。」
ラシード 「ヤコブの言うとおりだ。」
ヨシュア 「ラシード…。しかし…。」
ヨハン 「エジプトの役人だ。」
全員それとなく散る。
役人 A 「この場所にいる者達に、我らのファラオのお言葉を伝える。」
役人 B 「近々、ファラオに反逆する者達を、討ち取るために、戦が始まる。そこで、若く力のある、
男達は兵士として、その戦に参加することとなった。」
役人 A 「ファラオの、軍隊として、働けるのは名誉なことだ、徴収をかけるので、速やかに参加するように、
もし万が一それを拒むようなことがあれば、自分だけではない、一族にも災いが及ぶと覚悟せよ。」
役人 B 「詳しいことは、この石版に書いてある。読んでおくように。」
役人達は、その触れ書きを、人々の目につく場所に(指定の場所があると考える)置いて退場する。
ヨシュア 「ラシード、このようなことを、私達に受け入れろと言われるのですか。」
ヨハン 「今の私達に、兵士として参加できるほどの男達は残されては居ない。」
ラシード 「私達が、行くことになるのだろうな…。」
ヤコブ 「それでは…。」
ラシード 「アラザに、戦に出られるような男はそう多く残っていない。皆覚悟を決めるしかない。」
ヨシュア 以下他の者達は、ラシードの言葉を受け入れかねていた。
リシャールが、シャヌーンを無理矢理せがんで連れ出した感じで、二人が登場する。
リシャール「兄様、こっちにラシード達が居るよ。」
シャヌーン「リシャール待てよ。走らなくても大丈夫だって。」
リシャール「でも、みんな忙しくて、僕の話なんて聞いてくれないし、兄様だって、折角帰ってきたのに、
ゆっくり遊んでくれないじゃないか。」
シャヌーン「わかったよ。そのうちに…。」
リシャール「いつ…!?そのうちって、何時のこと…!?」
シャヌーン「リシャール。お前には勝てないな。」
ヤコブ 「シャヌーン様。リシャール様。ラシード…!?」
ラシード 「…。」
リシャール「ラシードどうしたの、みんな変な顔して、兄様が僕と遊んでくれるって。」
ラシード 「それは、良かったですね。」
引きつった笑顔で答えながらも、みんな重くのしかかる物に、耐えきれずにいた。
シャヌーンは、いつの間にか徴兵についての石版を見ている。
シャヌーン「ラシード。これはどういうことだ…!?」
努めて理解しようとする。しかし、わき上がるのは、怒りだけだった。
そまま、ラジードの家に場面変わる。
第十一場 ラシードの家
憔悴しきったシャヌーンと、心配そうに取り巻く仲間達。
ヨシュア 「ラシード、貴方はエジプトのやり方を受け入れろと言う。しかし…。」
ヨハン 「ヨシュアの言うとおりだ、このまま言いなりになってばかりでは。」
カシム 「エジプトの兵士として、その手先になるなど、我慢できるものではない。」
ヤコブ 「いつまで、同じ議論を続けるつもりだ、今は、まだエジプトの支配から逃れるすべがないなら、
受け入れる他はない。」
ラシード 「シャヌーン。貴方だけは、エジプトの役人の目を逃れなければなりません。」
シャヌーン「ラシード…。」
ラシード 「この場にいる、男達が逃れることが出来ずに、皆戦場に送られたとしても、アラザのために、
貴方には生き抜いて頂かなくてはなりません。」
シャヌーン「…。」
ラシード 「しばらくの間だ、リシャール様と共に、女達の中に隠れていてください。
役人達は、ある程度の人数を集めればよいはず。
国中総ての男達を連れて行くことまでは考えていないでしょう。」
シャヌーン「ラシード…。」
タチアナが、取り乱した感じで登場する。
タチアナ 「兄さん…。」
ラシード 「タチアナ 、シャヌーンを…。」
タチアナ、シャヌーンを連れて退場してしまう。
シャヌーン「ラシード…。」
エジプトの役人が入ってくる。
役人 B 「聞いてきたとおりです。なかなか使えそうな男達が揃って居る。」
役人 A 「どれ、確かに、これだけの若い男達が、まだ、この国に残っていたとは。」
ラシード 「ご苦労様です。今日は何のご用で。」
役人 A 「お前達、我らがファラオの、お触れを知らないのか。」
ラシード 「申し訳ありません。何のことでございましょう。」
役人 B 「この度、新たな反逆者どもを討つために、兵を募られた、お前達もその戦に兵士として
参加するのだ。」
ラシード 「新たな反逆者と、申しますと。」
役人 A 「それは行けば分かる。」
ラシード 「…。」
役人 A 「そうだな、ひとまず、お前と、お前とそこの…。」
ラシード ヨシュア ヨハン 他 2、3名を選び出す。残ったのは年長のヤコブと、年若いカシム。
役人 B 「出立は、満月から数えて七日目の夜。改めて言って置くが、逃れようと思っても無駄だぞ、
マァ、自分だけ助かりたいのなら止めはしないが、親兄弟、一族が、ファラオの怒りに触れ、
命を落とす事になるだろう。」
役人 A 「期日に、街の広場に集まるように。」
役人達、退場。
ヤコブ 「ラシード…。」
ラシード 「ヤコブ、シャヌーン様を…。」
カシム 「何故、受け入れられるのです。このような事。なぜ…。」
ラシード 「カシム…。」
エジプトのために、兵士として参加しなければならない。
屈辱とも言える選択をしなければならないことに、皆激しい憤りを感じていた。
ラシード 「国が、人々が生き残るためだ、今は耐えるしかない。」
ヨシュア 「ラシード…。」
ラシード 「…。」
これから起こるであろう、出来事を予感させるような、不安な感覚を残したまま照明落ちる。
第十二場 戦場にて
舞台一面のドライアイス、砂漠の砂煙を表したい。
その中に大勢の兵士と中央にセイレムの姿がある。
今度のエジプトの標的は、セイレムの国であった。
エジプトの手駒として、かつての同盟国と戦うことになったのだ。
激しさと静けさ、戦闘シーンの波を持たせた、場面としたい。
途中すべての静寂の中で、上手花道にアリーシャの姿が浮かび上がる。
セイレムに語りかける。(セイレムの回想イメージ)
アリーシャ「兄上様、どうしても行かれるのですか。」
セイレム 「アリーシャ…。」
アリーシャ「この度の戦は、シャヌーン様の…。」
セイレム 「アリーシャ。相手はエジプトだ、ファラオの支配者としての欲求は、止まることがない、
近隣の国を攻め落とし我が物としながら。今度は、このカナンにその侵略者の手が伸びてきただけだ。
アラザの人々を兵士として前面に立たせて。」
アリーシャ「あの方の国です。」
セイレム 「わかっている。だからこそ、今度は勝たねばならない。俺の手で取り戻してやれるならば、
行くしかないだろう。」
アリーシャ「兄上様…。」
再び戦闘の中、セイレム達のグループ一旦退場。
入れ替わる形で、ラシードの率いる一軍が登場する。
再び静寂の中、下手花道にタチアナが浮かび上がる。ラシードが語る。
ラシード 「タチアナ、良く聞くんだ。私は戻ってこれないかもしれない。
お前が、シャヌーン様とリシャール様をお守りするんだ。国が倒れ、民の殆どが死に絶えたとしても。
あの方達が、生き延びてくれれば、アラザの国は甦ることが出来る。血筋とは王家とはそう言うものだ、
良いかどのようになったとしても、生き延びることだけ考えろ、そうすれば、その先に必ず、未来が
あるはずなのだから。」
タチアナ 「兄さん。兄さんの言うことは分かるわ、でも何故エジプトのために戦うの、それならば、今一度
エジプトを討つために立ち上がるべきじゃないの、相手はシャヌーンの育った、あのカナンなのよ。
2つの国を戦わせて力を削ぐことが、エジプトの、ファラオの目的なのよ。」
ラシード 「だとしても、今は従うしかない、生き残るために…。」
タチアナ 「兄さん…。」
アリーシャとタチアナ、そのまま残ったままで、戦闘は激しさを増していく。
エジプト側の指揮官らしき声が響き渡る。総攻撃の開始である。
迎え撃つセイレム、刃が交わされ、弓矢が飛ぶ。死人の山がそこ此処で出来る。
その中でラシードが倒れる。セイレム側の弓矢に当たったのか、
エジプト側(この場合皮肉ながら味方のとなる)の放った物か、セイレム側を押し切りながら、
命を落とすラシード。
大勢の兵士を失い退却するセイレム。タチアナの叫びが響き渡る。
幻を追う感じで、舞台奥からシャヌーンが登場する。
シャヌーン「ラシード…。何故、皆私に言ってくれない、エジプトの兵士として戦に出ることは知っていた。
生きて戻って来れないかもしれないと、覚悟もしていた。しかし、この戦争の相手が、カナンだと
誰も言ってはくれなかった。友と呼べる二人が戦場で向かい合う、その事実を知らせないですませば、
私が納得するとでも思ったのか…。確かに生きて戻ってくれれば、笑って許せただろう。
だが、ラシードお前は死んでしまった。私はどうすればよいのだ、国を守る。民を救う。
出来る訳ない、無力だ私には何の力もない、何時も何も出来ずに お前達に守られてきた。
私自身では何もできはしないのだ、教えてくれこれからどのように生きていけばよいのだ。」
エジプトへの怒りと言うより、己の無力さに憤りを感じるシャヌーン。
そこへ、静かにヤコブと カシムの二人が登場。
シャヌーンに、何事か告げて、退場していく。
その間に、シャヌーン落ち着きを取り戻す。何かを決心した。
ゆっくりと、タチアナに近づく。そのまま舞台中央に連れてくる。
アリーシャは遠い幻のように消えていく。
第十三場 アラザの街
いつの間にか、場面はアラザの街へ変わっている。
シャヌーン「タチアナ。私はエジプトへ行こうと思う。」
タチアナ 「シャヌーン…!?どうして、なぜ今行かなきゃいけないの。」
シャヌーン「タチアナ、前から言っていた、機会が来たんだ。エジプトから使者を送るように言ってきてるらしい。
ヤコブと カシムが、その知らせを持ってきてくれた。私が矢張り行くべきだと思う。」
タチアナ 「シャヌーン…。」
シャヌーン「エジプトに、ファラオに、このアラザの現状を訴えるチャンスなんだ。それに可能ならば…。」
タチアナ 「やめて、行っては駄目。出来るわけ無い、貴方まで居なくなったら…。」
シャヌーン「頼みがある。」
タチアナ 「…。」
シャヌーン「リシャールを、あの子を守ってくれ。幼いとはいえ、私が戻らないときは、あの子がアラザの、
王になる。その時は何時かは分からない、しかし、父が母が、あの子を残してくれたことは、
私を勇気づけてくれた。生き延びるために、ラシードに何時も言われていた言葉の一つ一つが、
今になってやっと理解できた気がする。タチアナ、生きてくれ、リシャールと共に。」
タチアナ 「シャヌーン…。」
シャヌーン「そしてなにより、タチアナ、ありがとう。」
タチアナ 「…。」
シャヌーン「このアラザに、戻って。君の明るさにどれほど助けられたか、君の生きる事へのエネルギーに、
私は惹かれていた。アリーシャとは違う、現実の人々の中で生きるとは何かを、君は教えてくれた。
君を見つめながら、私は私の生きる意味を探していた気がする。」
タチアナ 「シャヌーン…。嫌よ、行っては、行かないでよ。」
シャヌーン「タチアナ…。」
そこへ、静かにヤコブと カシムの二人が登場する。
反対側からリシャールが出る。
シャヌーン「リシャール、兄さんは旅に出る。暫く戻れない。タチアナの言うことを良く聞いて、
いい子にして居るんだ。お前もアラザの王族の男だ、その誇りを忘れずに生きてくれ、
これから先どのようなことが、起こったとしても。」
リシャール「兄様、大丈夫。ちゃんといい子で待っているから、出来るだけ早く帰ってきてね。」
シャヌーン「リシャール…。」
シャヌーン、思わず、無邪気に兄を送り出す、リシャールを抱き寄せる。
ヤコブ 「シャヌーン様。」
シャヌーン、気持ちを落ち着かせるように離れて。
シャヌーン「リシャール、タチアナ。行って来る。」
シャヌーンはエジプトへ向かって旅立っていった。
第十四場 ファラオ謁見の間(タチアナの回想)
タチアナ 「シャヌーンはエジプトへ旅立ちました。その手に、カナン国セイレム様の剣を握りしめて。
エジプトに着いても、簡単にファラオに会えるわけではなかったそうです。
貢ぎ物として、ある程度の品物も持っていきましたが、それらをファラオの前に出るより先に幾多の
人達に差し出し、そして属領国の代表者としての屈辱に耐えなければなりませんでした。
待てと言われれば、ひたすら待たねばなりません、そして漸くその時がやってきました。」
この時に、紗幕の向こうで、黄金のフアラオのシャヌーンの場面が展開されていると考える。
タチアナ 「シャヌーンは、ファラオを討ち果たそうとしました。すべての元凶である、ファラオが倒れれば、
人々の苦しみが終わると、何よりも仇を討つつもりだったのだと思います。でも、かなわなかった。
彼は殆ど剣を持ったことなど無いと知っています。しかし、エジプトのファラオ エネンプティスも
武勇に優れてはいなかったはず、でも、シャヌーンを取り押さえたのは、ファラオ自らだったそうです。
そう、あまりにもあっさりと…。セイレム様の剣も役には立たなかったようです。捕らえられることは、
望んではいなかったでしょう。その後、その場で自害して果てたそうです。
別れるときからそうなるだろうと分かってはいましたが、シャヌーンは、生きて戻っては来ないと…。」
アリーシヤがいつの間にか登場している。
彼女もシャヌーンの死の知らせを受け取っていた。
アリーシヤ「シャヌーン様が、エジプトにて自害して果てたという知らせは、数日たってこのカナン国にも、
もたらせられました。そして何よりもあの方の屍がどうなったのかも。
アラザの使者として、ファラオの前に立ち、お兄様の剣で向かっていった。
しかし目的は阻まれてしまったと、エジプト側から見れば、そのような行動に出た、あの方は使者で
あったと言うよりも、反逆者、いえ刺客としか見なされなかった。そのまま砂漠にうち捨てられた
そうです。砂漠の砂があの方の骸を隠してしまった。今となってはあの方が何処に眠っているのかも
分からないそうです。誰にも弔ってもらうこともなく。砂漠に消えてしまった。
このカナンを出られるときから、再びお会いできるとは思っていませんでしたが、このような形で
お別れするなんて…。」
タチアナ 「シャヌーンは、砂漠に眠っています。私達にこれからを託して…。」
アリーシヤ「あの方の心は想いは、この中に残っています、だから…。」
二人の女達に不思議と涙はなかった、悲しみが深すぎて。
エピローグ
タチアナと アリーシヤの、歌から、次第に人々が登場しての、コーラスに繋がっていく。
タチアナ 『嘆き深く 哀しみは大きい
アリーシヤ 彼の人は 帰らず
亡骸すら 戻らない
彼の人の 望み この胸に 』
コーラス『我らを導く 光 今だ無く
闇は深く 冷たく包み込む
夜明けを切望する 声よ響け
永遠にも思える 我らの嘆きを』
舞台が透けてシャヌーンが登場する。
シャヌーン『光になろう それが許されるなら
闇の中だからこそ 一筋の光に
そう望み 生きられるとしたら
私は 生きよう 光となって
夜闇を照らす 星となって
皆と共に 永遠に 永遠に』
コーラス『我らを導く 光 今だ無く
闇は深く 冷たく包み込む
夜明けを切望する 声よ響け
永遠にも思える 我らの嘆きを』
語る言葉も持たず、彼の内に残る思いを、その瞳に秘めたまま、最後にシャヌーンが、
静かに一人旅立っていく、心を残したままで。
幕
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